一般的なM&Aプロセスの流れは、戦略としてのM&A意思決定とプロジェクトチームの組織、M&AアドバイザーなどとのFA(ファイナンシャル・アドバイザー)契約、「ノンネームシート」、「IM(インフォメーション・メモランダム)」の作成と開示、買手候補企業の選別、トップ面談・交渉そして「意向表明・基本合意契約」により、そのプロセスの前半は完了します。
 そして本格的なM&A契約に向けたプロセスに入ります。デューデリジェンス(DD)による売手側企業(売買対象企業)の事業、財務、税務、法務といった面の精査を経て、「最終譲渡契約」により、一応形式上M&Aは終了します。
 ただ、実際にはすべての手続きがこの「最終譲渡契約」により終了できるわけではありません。実体的な資産の引き渡し、権利・義務の移転手続きなどは、その後のクロージング手続き、さらにのちの、PMI(Post Merger Integration)といった事業統合時にまで及びます。
 このような「最終譲渡契約」からクロージング・PMI (事業統合)の初期段階の一定期間における引き継ぎ業務を補完する取り決めが、「TSA(Transition Service Agreement)」であり、「業務受委託契約」です。
「最終譲渡契約」、「TSA」、「業務受委託契約」が三位一体となってクロージング、そしてその後の「DAY1」と呼ばれる初期のPMI時までにM&Aに関する主要なすべての引き継ぎができることになります。
 ここでは、これらの各契約の中の「TSA」について見ていくことにします。

「TSA(Transition Service Agreement)」とは?

「TSA」とは、M&Aスキームの中の「会社分割(吸収分割・新設分割を含む)」、「事業譲渡」のように、ある企業から特定の事業を切り離す(カーブ・アウト)場合、事業移転に伴って生じる「サービスの提供」を売手側企業と買手側企業の間で、どのように管理していくのかといった取り決め、すなわち「譲渡移転期間におけるサービス提供契約」と定義できます。
 具体的な例としては、親会社である持株会社のもと、事業会社を子会社に持つグループ企業、あるいは複数の事業を行う企業などが、M&Aにより特定の子会社(事業会社)や特定の事業を切り離して譲渡・移転する場合などで締結される契約です。
 これらグループ企業の特定の子会社や、事業部制企業の特定事業部を切り離して譲渡する際、財務・税務、人事、総務といったバックオフィス業務システムを、グループ親会社や事業部制会社の本社でサービス提供している場合、「TSA」により一定期間、こうしたバックオフィスサービスを利用できるようにしておくといったものです。その間に買手側企業で新たなシステムを構築したり、買手側企業のシステムに統合していくといった対応をしていくことになります。
 ITを利用した業務システムの設定や統合には、多くの時間とコストがかかりますから、M&AのクロージングからPMI(事業統合)の初期段階でのこうした手当ては、買手側企業にとって大きなメリットになり得ます。
 一方で、売手側企業にとっては負担になるものです。売手側企業では、M&Aにより対象企業(経営権)や事業を譲渡したあとまで、継続したサービス提供などには消極的になるものです。そのため、負担するサービス業務の範囲は、できるだけ限定する傾向にあります。そこで買手側企業は、デューデリジェンス(DD)などの段階から、「TSA」の対象となり得るサービスを洗い出しておき、できるだけ広範囲のサービス提供が可能になるよう、「TSA」交渉を有利に進める対策も必要と思われます。

 M&Aは「最終譲渡契約」、クロージング手続きの終了をもって完成するわけではありません。その後のPMI(事業統合)によるシナジー効果の発現、そして企業価値の増加により初めてその評価がなされるのです。
 そのため、「最終譲渡契約」から、クロージング、PMI(事業統合)の「DAY1」と呼ばれる初期段階までの業務の引き継ぎ、移転は極めて重要な局面となります。これを担保するものが「最終譲渡契約」、「TSA」、「業務受委託契約」です。今回は、「TSA」に焦点を当てて見てきましたが、これらは密接不可分の関係にあり、相互に補完しながら円滑な業務の引き継ぎ、移転が可能になります。